12月後半戦!!

平成25年もいろんなことがありました。

一年間の御支援に心から感謝申し上げます。

それでは今年最後の活動報告12月後半戦です。


12月17日

本日午後から若手農業者の方に農業についてヒアリングをさせていただきました。
農業の抱える課題については地域政策デザイナー養成講座においても勉強させていただいておりましたが、あらためて直接関わっておられる方のお考えを伺うことで、現状の課題がより一層浮かんできた気がします。
今議会において市長より一次産業が宗像の柱であるというお言葉もいただいていますので3月議会では具体的な施策の進捗状況などについてしっかりと確認をさせていただく予定です。

今夜のとびうおクラブ勉強会でも情報の共有をしっかり行います。

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たまにはいい事があるものですね。
道の駅むなかたの季刊誌にチョビッとだけ写り込んでいました!
とびうおクラブ勉強会有意義な時間でした。
明日も頑張ります!

 

12月18日

本日は午後から庁内活動で資料作成を行いました、また久留米市役所に老朽家屋対策についての条例の質問をさせていただきました。
19:15からはメイトム宗像で公益活動団体住マイむなかたの皆さんから唐津街道赤間宿での実地調査の結果について中間報告をしていただきました。
皆さん平日の夜、お疲れのところをボランティアで出席くださいました。感謝します。
通学路の危険性や老朽家屋の危険性などのご意見も頂きました。
特に建築分野の専門家の皆さんからのご指摘は大きな説得力があり、一緒に出席していた他の議員さん方も確証を得たと思います。
赤間宿の課題は通過交通量の増加による通学路の危険性が第一に論じられるべきであると私は考えます。まず地域の住民の皆さんの生活を脅かす危険性のある課題を取りのぞかなければなりません。
観光振興によって観光客が増加するのであれば尚更に危険性のある課題の克服が最優先になるべきであると考えます。
まだまだ自分の力は小さいですが、市民のみなさんに地道に啓発を進めてまいります。

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<会議の様子>

 

12月19日

今日で12月議会が閉会しました、色々と修練の議会となりましたが悲しんでいる時間はありません、立ち止まってはおられません。
早速とびうお通信の折り込み作業やむなぞう新聞の配布などの段取りを開始しました!
一点...26年新年号としなければならないところを25年新年号と表示してしまいましたが、市民の皆さんご容赦下さいm(_ _)m
北崎代表、森田副代表ごめんなさい。汗
それから、本議会閉会後に3月議会の一般質問通告書を事務局に一番に提出させていただきました!
よって三月はトップバッタ...ーになります^_^
勿論早く出せばいいと言うことではありませんが、今議会分も10月に提出しておいたことによって、様々な突発事項にも対処できました。年末年始は更なる深掘りを進めます。
また、今議会でも質問の中身につきましてはおかげさまで二世帯住宅促進助成制度やスポーツ推進条例など一定の成果も出せたと実感しております。

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3月の質問内容について今後お知らせいたしますが、まずはご支援いただきました皆様に心より感謝申し上げます。

 

12月20日

本日午前は農業関係者の方へ3月の質問についてのヒアリングをさせていただきました、通告書は提出しておりますが、最後の着地点をどこにすべきかなどを質問日までに深掘りをして行きます。特に農業政策はまだまだ先行きが不透明なので動向を注視する必要がありますので関係者の方々からの情報収集も欠かせません。

午後からは免許更新でした、5年前はルパン三世と娘から言われていましたが...5年後は...

 

12月21日

議会後の我が家の恒例行事、チラシ折り。
今回はとびうおクラブ会派報あごっち通信だけではなく、私の一年間の活動報告書宗像むなぞう新聞も折っております。
昨夜は長女は風邪で寝ててましたので私、妻、母、次女の四人で作業しましたが...色々な思惑で長女の回復を願っています。(^^;;
Xmasまでには...終了したい。汗

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<作業風景>

 

12月23日

今日は午前に雨が降ったのでお墓掃除は明日に延期となりました。現在一人で自宅で42歳一年間の活動を振り返り、43歳の活動計画を思案中。
画像は個人活動報告書、市内では新春から配布活動を開始予定です。議員の活動が見えにくいと言う市民の皆様のお声を少しでも減らし、より一層、市政に興味関心を持っていただき、まちづくりに積極的に参画していただくために作成しました。一年生議員安部よしひでの精一杯がどの程度のものなのか、一つの物差しにしていただきたいと思います。
時間も手間もお金もかかりますがおもしろ市議安部にしかできない事をガンガンせていただきます。家族に感謝。

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<活動報告書>

 

12月24日

午前中は当家、というほどの家柄ではありませぬが...。家長として妻とお墓掃除、ご先祖様に挨拶そして感謝しました。
午後からは父の引き継ぎ作業、苦労して築き上げてきた一つ一つを大切にしなければと再認識。周囲のご協力のお陰様で年内におおかた目処がたちそうです。
節目の日に貴重な経験「有り難し。」です。

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夜<娘たちが誕生ケーキを作ってくれました‼嬉しいっす\(^o^)/>

 

12月28日

先日発行したむなぞう新聞のご感想をいただきました。
「ご発行の『むなぞう新聞』が届きました。
私も予てよりこのような広報紙を発行されたらと思っておりましたが、他の議員の方々の1枚ものチラシ紙の報告と異なり、新聞の形式で写真記事・月別年間活動報告・議会での質問報告とわかりやすくまとめられているので読みやすく大変ユニークな議員活動報告に出来上がっています。思い描いていた通りの報告書です。」
発行してよかったと思います。今後も修正を加えながら年一で発行出来るように頑張ります。
進むからこそ風を感じる事が出来ます。

 

12月30日

国民的大家族ドキュメンタリー番組が完結したこともあり少しテンションが下がった晦日、午前中は父の引き継ぎ手続きに関係機関を妻と廻りました。年内完了とは行きませんでしたが最善は尽くしました。
母が部屋の片付けをしていて私が小学生だった頃の通知表を発見してしまいました。
昔の所見って今とは違って直球で書かれていたことに気がつきました。
「注意散漫で一寸もじいっとしておらず、友達関係もいたずらが多く問題が多いようです」と一年の時の担任の先生の厳しいコメント...。汗
しかしその担任の先生が私の当選をしって乳母車(シルバーカー)を押して我が家を訪れて涙を流して喜んで下さいました。

12月前半戦!

12月2日

本日午前中は葬儀のお礼や庁舎での活動を行いました。
今夜はお世話になっている方の御尊母様の通夜に参列予定です。
明日の一般質問は11:00から定住化策と離島振興策についてさせていただきます。
一年間の議員活動の成果を皆様に実感していただけるように頑張ります。
父の背広がピッタリ〔足の長さは私の方が長い☺️〕だったのでそれを着用して挑みます。

12月3日

父のスーツを着用して一般質問に臨みました。
定住化策では
NPOの行う婚活事業へのさらなる支援の必要性
他自治体との連携
街コンに商工会などが取り組む場合の支援の必要性を訴え、執行部からは補助金だけではなく個人情報などの取り扱いなどについても支援を検討して行く方向で回答を頂くことが出来ました。
二世帯住宅補助金制度の創設も検討する旨回答を得ました。...
また、「スポーツ推進条例の制定」を提案し、制定に向けて前向きに検討を行うと市長からご回答を得ることができました‼←これはとびうおクラブの本願でした!!
また、定住化の本丸は企業誘致と雇用の創出であることから、執行部の体制を指摘させていただきました。

離島振興策についても
羊の放牧はすぐには無理ですが、色々と参考にしていただけるようにお願いをしました。
トカラヤギ検討の過程での執行部の進め方に指摘をさせていただきました。
地域支援相談員、まちおこし協力隊の検討についても検討をしていただけることになりそうです。
また、離島でのタブレットを使った授業についても早期導入は厳しいものの、ライブ中継授業なども含め研究を開始する方向で回答がありました。
離島の電波状況の改善については民間に対して働きかけを行う旨回答を得ました。
最後に市長に離島振興については単発打ち上げ花火と言われるような事業だけではなく、一粒で何度も美味しいような事業を検討してもらえるようにお願いをしました。
市長からも参考にしていただけるとのご答弁を頂くことができました。
詳細につきましては議事録が上がり次第、ご報告させていただきますが、実感としては一定の収穫を得ることができたと感じております。
9月にバタバタ提出した通告書ではありますが、とびうおクラブの北崎市議、森田市議はじめ市民の皆様のご協力のおかげで充実できたことを大変に感謝します。
お陰様で父にも良い報告ができそうです。
3月の質問も頑張りますし、12月議会も頑張ります!

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12月4日

昨日の一般質問で宗像スポーツ推進条例の策定を提案したのですが、全くの偶然ですが、朝刊に福岡県がスポーツ推進を行う記事が掲載されていました。
追い風になると期待します!
合わせて健康スポーツ都市宣言、スポーツ表彰、スポーツ大会推進助成金も提案し、検討をお願いしております。

今日は議会終了後、会派報の打ち合わせを編集者と打ち合わせ。
とびうおクラブでは、代表が地域の方々との顔きき調整役
副代表が視察や座談会の手配と車の移動時の運転
私が会派報の作成、情報発信、イベント開催といった具合で役割分担をしています。
また、私は自身の1年間の活動報告書も作成中ですので併せて、今週は夜間作業が続きます。
誤字がないように・・・しっかり集中したいと思います。

12月5日

今日は議会終了後、打ち合わせを行いました、
第一委員会、第二委員会の所属換えは1年毎に行われます。
第一の方が自分には攻めやすいと感じているので、しっかりと攻めたいと思います。
それから、青年会議所の先輩市議でもある神谷市議の一般質問で城山中学校の建て替えについて一歩前進する答弁が市長からありました!
しかも、「安部議員も以前ご指摘の通り...」と。
今年3月議会で元建設業の視点から、生徒数の過密化、校舎の老朽化を指摘して、さらに建て替え方法や、場所まで指定して提案していたことが、多くの市民の皆さんからご賛否頂きつつも、少なからず話題に上がる機会が増え、市長の政治判断に少しでも繋がるのであれば本望であります。
今後も早期建て替えの推進を訴えてゆきます。

 

12月6日

今日で全ての一般質問が終了しました。
先輩議員が自分と同じ点について執行部を突く機会があったので、自宅で6月議会録の中の自分の質問の部分の議事録を再確認しています。
一年が経過して議場でも少しだけですが他の市議さんの質問を自分に置き換えて、シュミレーションできるようになりました。
勉強になります。
議事録も初めは10ページでしたが今では13ページまで伸ばせました。
発言数が多ければ良いということでも無いのですが、提案型の今の自分のスタイルでは、如何に多くの提案を行い、検討すると回答を引き出した案件については議事録に残すと同時に、後日文書で再質問することに意識を置いているので、やはりたくさん打つ必要があると感じます。2年目は条例改正や制定につながる事を意識していますので、スポーツ推進条例にとどまらず、空家空き地条例の深化についても研鑽をしたいと思います。画像は作成中の年間活動報告書です、市議の役割には市民が市政に感心や興味を持つための活動も含まれていると考えますので自分にしか出来ないやり方で発信したいと思います。
<画像は作成途中の活動報告書です>

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12月7日

今日はとことんトークをキャンセルし、生前父の病床にお見舞いいただきました方々に息子としてご挨拶周り。
父が遺言のように快気祝いは出来ないから、お礼の挨拶だけはしっかりとして欲しいと母に話していたとの事で、あらためて律儀な父だと思いながら夫婦でまわりました。
来年50日祭過ぎると今度は葬儀のお礼まわりが始まります。
いちお、10日が喪明けなのでそれまでは基本自宅でおとなしくしております。
それから、大島の離島振興策としてぶち上げたヒツジプロジェクトでしたが、執行部はあまり相手にしていない空気でしたが、雑草を食べることで景観保全につながるだけでなく、肉が新たなブランド発信、先日認定された九州オルレなどの観光にも貢献できる。あの風車のある風景にもベストマッチではなかろうか?それと、イノシシの活動域を狭める効果があるなど、メリットが幾重にもあることを傍聴に来られていた旅館関係者の方が目を輝かせて喜んでくださっていたことがとても嬉しかったし、太陽光発電メガソーラーの敷地内に羊の放牧をする事案も他自治体にはあるという情報も同僚議員にいただいたので、これは面白くなってきた。
まだまだ大雑把な発想の域内ではあるものの、なんか婚活団体立ち上げたり、行政にFacebook導入を迫ったりした頃の様な向かい風なので、結構武者震いしています。誰だって最初は向かい風。
因みに、すでに来年長野県松本市に視察予約しています、健康長寿命都市絡みですが、長野県はジンギスカンが特産品でもあります。

11月後半戦

11月16日 今日は終日父の付き添いです。 何もしてやることがありませんので、横で仕事してます。 夜は二つ会合に出席させていただきます。感謝。
 
11月17日... 今日は病室にパソコン持ち込んで入力作業しています。(^^;;
 
11月18日 午前は情報収集と、12月議会の質問のブラッシュアップ。 お昼は代休で父の病院に泊まっていた娘たちが帰宅したのでねぎらいの意味も含め、チョビット過ごし、午後からは指定管理者制度についての情報収集。 画像は交付税増の記事、合併特例措置期限が終了することについての激変緩和策。 今度の質問の中で使えるかどうか現在調査中。 (多くの人財ネットワークを活用させて頂き感謝) 国の方針の先行きが見通せない中で通告書を提出している状況なので、通告書自体は大雑把な質問にしかつくれない場合が多々ある、しかし最終的には具体性のある提案や説得力のある指摘につながればそれでいい。 大きな担いが想定されているので、出来る限り前倒しで議員活動を行い時間を貯金しておこう。
 
11月19日 http://www.city.munakata.lg.jp/shinai/kakuka/kakuka.php?contents_id=10182&sec_id=12&key=4 先ほどNHKの番組でふるさと納税について特集があってました。   私は宗像市もふるさと納税〔寄付金〕に力を入れるべきだと9月の一般質問で強く指摘を行い、電子決済、特産品の発送強化を提案しました。 実際に2010年から手を加えられていないふるさと納税のホームページを見てみなさんはどのようにかんじますか? 寄付しようと思いますか? 僕は財源確保のためには、少しでも収入が増える取り組みにチャレンジせねばならないと思います。 財源不足で企業誘致がままならないから、定住促進に力を入れているのであれば、なおのこと取り組むべきであります。 ふるさと納税は市外の方への発信、収入増のチャンス、宗像ファン獲得機会の創出を低コストで24時間体制で行えるネットには大変な可能性を秘めているからです。 特集で全国の自治体の本気度を見ながらふつふつと闘志がたぎる。 三年間何をしていたのか? 今後も財政課に対して早期にページの更新など対策の重要性を求めて行きたいと思います。求めるだけしかできませんが...
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 本日は基山にて3月議会の一般質問で図書館について伺う予定なので、講演会に参加させていただきました。 自分の考えを整理するためにUPします。   昨夜は基山町民会館にて「死ぬまでには行ってみたい世界の図書館15」に選ばれた「まちとしょテラソ」前館長の花井裕一郎氏の講演会が開催されました。   基山町議の久保山氏からFBイベントを通じてお誘いいただき、私も出席させて頂きました。   久保山氏とは2012年の2月に映画「ふるさとがえり基山上映会」に参加したことがきっかけでお近づきになりました。 先駆的な発想はいつも参考にさせて頂いています.mom 今回は基山町でも図書館建設に向けたプロジェクトが進みだしたようで、その勉強会的な意味合いもあって開催された様子でした、出席者は40名ほどで、日田市の図書館関係者の方々も7名でご参加されていました。   講師の花井氏が館長就任して最初に講演を行ったのが、基山町であったそうです。 そういった意味では、基山町、久保山さん達の先見性というか、行動力には感服致しました。   花井氏はフジテレビをはじめTVの演出などを多く手掛けてきた方で、長野県小布施町の図書館館長の公募に応募し館長になられました。   講演の中で私が感じた物の中にいくつかのキーワードがありました。 <図書館は屋根のある広場 <図書館とはだれもが世界に通用する教養を身につけることができる場所 <ビジネスとはファンをつくること <理念と志がない者が仕事をすると、その場は空洞化し施設はただの箱となる <既成概念を取っ払う! <妄想から始まる 他にも今までの図書館の持つイメージに少しだけ違和感を感じていた私の心に響くものがたくさんありました。 また、建築的なイメージについても共感しました。   宗像ユリックス及び宗像市内においは図書に触れる機会は多い方だと考えていますが、図書館法上の望ましい冊数、延べ床面積と比較するととても満足できる状況にはありません。 しかし、財政が厳しいことを理由に新刊の購入も含め経費的なゆとりがない状況です。   最近、新刊購入スポンサーを募集していることも市民の皆さんは御存じだと思います。   花井氏から今の図書館の抱える課題や全国での成功事例の御紹介もお話ししていただきました。 そもそも私が図書館についてロックオンしたのはほんと最近で、まだ20日間程しか経過していなかったのですが、日々の妄想タイムの中で感じたこと、アイデアが既に具現化されていたので、思わずウンウンとうなづく講演会となりました。   最後の質疑応答の時に「新築と改築、改築の場合の課題」というコメント書いて出しましたら、「改築は難しいですね、空間、ワンフロア、広場という使い方が僕は望ましいとおもうから・・」と御回答いただきました。   自分も今のユリックスの図書館の「つくり」については建設業者として出入り(内装を少し)させて頂いていた頃から、天井の低さ、見通しの悪さなどを感じていました。 おそらく、ユリックス建設当時も市民の合意形成によって図書館のあり方が議論されたのだとは思いますが、施設(箱)を優先した感も否めません。   実際の話ですが、あのらせん階段の手すりの下部の鉄筋は私が設置しました、利用を開始したあとから、子どもさんが落ちる危険性が指摘されたからです。   「え~設計やデザインの時に想像できるやん!!」とは思うのですが・・・。汗   公共施設の建設についてはワークショップによる合意形成が必要ですが、単に思いつき、ガス抜きの場ではなく、意見を述べた人に発言の責任の重みも感じていただきつつ進めなければなりません。 しかも、楽しく^^   小布施町のまちとしょテラソでは50回以上の会議(分科会)、運営委員会の設置など本当に丁寧な意識の醸成、共同作業が行われていたということでした。   図書館建設を通じて町民の心が一つとなった事はいうまでもありません。   落成式はお偉い人のテープカットではなかったそうです。   住民が自分達で創った施設だと感じるからこそ、住民に愛されるのです、大切にするのです。 なので、公共施設の建設は多くの市民(当事者)を巻き込んで(数や規模にもよりますが・・)建設に向けてじっくりと議論する事は立派なまちづくりであると断言します。   (家づくりと似てますね^^) そして、これからは「理念」と「志」をもって議論のテーブルに住民(利用者)、行政職員(管理者)、建設関係者(箱)、そしてトータルデザインや演出という技能を持つナビゲーターが集うことが必要であると感じました。 ユリックス図書館については、平成28年度まで計画にそった運営を行っていくことが決まっていますが、時代やニーズにあっているのか?また、平成28年以降のありかたを審議委員会やアンケートだけではなく、市民(子どもから大人まで)による様々な図書館のありかたについて語り合う機会の必要性を訴えたいと考えます。   至極あたりまえな話なんですが・・・。   私は図書館はそのまちの英知の源泉だと思っています。   多くの市民が本に親しみ、教養を身につけ、その生活環境を向上する機会を創るために。   以上妄想終わり!!   最後に基山図書館建設Pの成功を心よりご祈念いたします。   「基山町に負けないぐらい図書館を通じたまちづくりを推進します!」←切磋琢磨という意味で感想を書いたのですが、会場で読み上げられてしまいました。汗
 
11月20日 今日も終日父の付き添い、ただ今日は色々と手続きに追われる日でした。   免疫療法が効いてくれることを祈るばかりです。   自分の方では、先日の健康診断の時に、視力がかなり悪くなっているとのご指摘を受けました、免許の更新もあるので、昨晩長女とメガネ屋さんへ。 で、メガネを作りました。 で、今日、病院から帰宅すると、健康診断の結果が届いていまして、妻が先に開封していまして・・・。汗。 で、視力の分野が「D」判定!!!至急精密検査とのこと・・・。 あわてて眼科へ参りました。orz 視神経がデカイそうです・・・。 眼球はでかいと言われたことはありましたが・・・。 眼圧や視野検査など簡単な検査の結果は問題ないとのことですが、大事をとって来週瞳孔の検査することになりました。 常用メガネを作るほどでもないと・・・言われましても・・・既に38000円はたいて発注しましたがな。 長女の好みでアラレちゃんみたいなメガネですが・・・。 とにかく、ドカぐいとアルコールは控えます。orz その代わりバナナを大量に摂取します・・・。
 
11月22日 午前中は観光協会において6月議会で提案した観光振興券の妄想談義名前は勝手に決めています 単に提案するだけではなくその後の進捗の確認はもとより、関係者との意見交換も更にすすめて、具体的なイメージに磨き上げる過程も大切だと考えます。   執行部も検討を進めて下さっているので嬉しいかぎり。   元観光協会会員としても、賑わいイベント大好き人間としても何としても具現化したいです。 そのために、色々と関係者の皆さんにはご支援をお願いいたします。快くご助言いただき感謝です。 その後、庁舎で12月議会の議案の確認を行いました。 出来る時にできることを頑張ります! 本日のお昼は妻のチャンポン、1122の日と言うことで、いつにもまして感謝していただきます。
 
11月23日 午前は、次女を陸上に送りがてら、女神ウォーク会場をチラ見。家族で汗を流すって素敵なことですね。 その後、農業まつり式典に出席、3月の一般質問で農業政策について行うので情報収集。 その後、環境フェスタに行った、さっきまでecoトンに入っていました、と仲間がカミングアウト...ショック(^^;; まさか、 人が入っていたとは...。汗 今夜はとびうおクラブ座談会からスピンオフした企画、若手漁師さん達との勉強会、自分は小一時間しか参加できませんが、今月末鹿児島へ単独視察に行く予定なので、そちらで貢献します!←結局は視察は延期しました。
 
11月24日 父以外の家族で父が植えたがっていた玉ねぎの苗を植えました。
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11月28日 久々のビールです! 本当は年明けに私が提案したラベルのビールを父と飲みたかったのですが...それは来世にとっておきます^ ^ 鼻がつまって味はわかりませんが、とにかくお父さんお疲れ様でした! お母さんも付添いお疲れ様でした! 29日の通夜と30日の葬儀は喪主として気合い入れて頑張ります!
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11月29日 父への暖かいお言葉ありがとうございました。 さあ、今日午前中は12月議会です、頑張り過ぎないように頑張ります! 午後からは父の通夜がんばります!
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11月30日 お陰様で今年最大の担い、父の通夜、告別式、10日催事を無事に行うことができました。ご多忙のところご参列いただきました皆様ありがとうございました。 また、お花、弔電、受付の手伝いなど多くの方々に支えていただきましたことを心より感謝いたします。 ここで父のことを紹介させていただきます。 父安部雅之は宗像市田久に織江、アキ子との間に長男として生まれました。
19歳の時に父織江が他界してからは、母アキ子を支え3人の姉妹を守りました。
24歳の時に妻優子と出会い結婚し30代で安部鉄工(現ふれあい創建)を創業しました。
仕事一筋、技術人でした。
経営の傍ら青年会議所活動や田久公民館長、区長などを歴任しました。 田久区長時代には田久交差点付近の水害対策を求める運動を行い現在の対策工事のきっかけを作りました。
40代で地域から市議会議員への出馬の話が出たそうですが、本人に気持ちはあったものの家庭の事情、仕事柄出馬はしませんでした。(今年父が入院してから地域の方々からそのお話を伺いました、また通夜のときに親族からも「出たいと言っていた」と聞きました。) 60代で会社を私が引き継いでおりましたが、昨年私が市議会議員出馬を志したことから、道義的に会社を退職したため、父が社長に再任しておりました。 (ここでの心労的な負担が癌の発生につながったことは言うまでもありません・・・・)
 
今年7月に肺炎をこじらせたようだということで、精密検査を受けた結果、肺の中枢部に数cmの大きさの白い塊がありました、99%癌だろうとのことで、次の病院でさらなる精密検査(管を入れて細胞をとる)を行いましたが、失敗が続き、結局3回も検査を受けなければならなくなり、父も本当に激痛に耐えなければならないいやな思いをすることになりました。癌かどうかを調べるために、本当に苦しい思いをせねばならなかったことを、家族として何もできないことにただただ、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。 結局、癌の断定にあれよあれよと、時間を消費していきました。 場所的に手術ができる場所ではなかったことから、抗がん剤での治療しか選択肢がない状況でした。 医師からはすでに余命の宣告を私が受けてました。
10月になると、いよいよ、抗がん剤投与がはじまりましたが、効果は出ずに、父の精神的、肉体的な苦痛だけが増加してゆきました。
二回目の投与の時には、本人が「打ちたくない」と拒絶をしました。 この時点で余命は半年あるかないかという状況でしたので、私も父に抗がん剤を勧めることはしませんでした。 議員として日々活動する中で父や家族との時間は本当に貴重であり1秒1秒が大事な瞬間でしたが、父に迷惑をかけて出馬し、父の絶大なる支援を受けて当選した者として、議員として市政に貢献することが父の最大の薬であるという信念のもとにできる限り日々の活動に集中しました。
10月21日には薬で痛みを和らげる緩和ケアの病院に入院をしました。 免疫の治療を行う予定でありましたが、この段階で医師からはひと月ひと月を充実させていくことを提案されました。
11月前半までは体も動かせることができていました。父とは先のことを少し話しました、最終的な余命を伝えることはせずに、段々と最後の時が迫っていることを父に伝えました。 本人も肌でそのことを感じているようでした。 家族や周囲の方々への感謝の言葉を伝えられました。
11月中盤になるとベットに寝たきりで起き上がることもできず、会話もほとんどできなくなっていきました。 痛みが激しいので麻酔で痛みを和らげ、その代償として深い眠りや意識が薄れる状況が続きました(医師とはその方向を確認していました) そのような状況でしたが、友人が見舞いに来るとタイミングがよく、目を輝かせ「ありがとう!」と手を出して握手をしていました。本当に喜んでしました。
11月27日昼すぎに医師から危篤状態と告げられました、母も2週間ほど病院に泊まり込んで付き添いをしており、体力的にもかなり厳しい状況だったのではないかと思います。 「今までありがとうね、あとは任せていいよ、もう頑張らなくていいよ」と声に出して伝えました。 さらに、病室を出るときに父に「お父さん家でまっとるよ」と言いました。 志免町の病院から一旦帰宅したところで、母から手足が冷たくなってきていると電話があり、22時に病院に駆けつけました。 わたしが着いてものの10分でした、脈拍が少なくなり、スーッと息をしなくなり、本当に穏やかな表情のまま旅立って行きました。
病院の医師はじめスタッフのみなさんには本当に感謝しております。
母と看取り、その後の手続きもそばで行うことができて良かったと思います。
 
父は政治の道に興味を持っていたようです、依然から酔うと私に「でらんか?」と市議会議員に出馬することをそれとなく求めていました。 最近それが、父の夢であったのだと確信する機会があったので、自分は父に言われて出馬したわけではありませんが、結果として父の遺志を継げたのではないか?と考えられるようになりました。
7月からあっというまでもあり、心に大きな穴がぽっかりと空いているような気がしますが、
父と歩んだ充実した日々でもあったと今かみしめています。 もちろん、父が命を削って私にその機会を与えてくれたことを重く受け止めて 少しでも父が喜んでくれるような議員になれるように決意を新たに進んでゆきます。
生前父から、家族とお墓と自分の体を大事にするように言われています。
しっかりと刻みます。
父の旅立ちを経て、家族は更なる絆を深めることができました、父に感謝し今後も家族で心を一つに進んでまいります。
今まで同様のお付き合い、お力添えをどうぞよろしくお願いいたします。 安部芳英
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